DFT Functionalにも個性がありますよね?
計算をただ使うだけの立場だと、「え、DFT?じゃぁB3LYP使っとけば?」なんていう風潮がありませんか?B3LYP使っておけば、とりあえず論文に書いても蹴られないだろうみたいな。
でも、本当はいくつか汎関数を比較してみて、目的とする系に適したものを選択する必要があるはずですよね?そういう情報は専門家が握っていて、素人の目にはなかなか留まらないものかも知れませんが。
Casida先生のページには、今までに開発されてきた様々な汎関数が紹介されていて、その元文献やそのabstractなんかが書かれていますので、非常に参考になります。
GAMESSでは色々な汎関数が利用できますが、その中のいくつかを、最適化構造が実験値にどれくらい合っているか比較してみました。
まずは、普通の強い結合ということで、フッ化水素(HF)です。比較で並べたHF(ハートリー・フォック)と紛らわしいですが…
結合長の誤差が0.02Å以内であれば、化学的精度が得られたと考えることが多いようですが、それはC-C結合(1.2~1.55Å)に主に適用される考え方だと思いますので、ここでは0.012Å以内が許容範囲といったところでしょうか。HFは短めに計算されていますが、MP2とDFTはどれも良い精度です(PW91がちょい長め?)。この辺では、あまり差はつきません。
今度はやや弱めの共有結合、塩化ヨウ素です。こちらは結合長が長めなので、0.025Åぐらいまで許容と考えましょう。MP2は非常に良い精度で計算できています。それに対してDFTはPBE0がMP2と同じレベルで予測できるのに比べ、他の3つは許容範囲を超える正の誤差が生じています。HFは結構良い精度ですが、これは誤差が相殺された偶然の賜物かもしれません(基底関数の極限では離れた値に収束する可能性あり)。
ずっと弱めの相互作用で、ヘリウム二量体の結合長。これは流石に難しいようで、誤差0.1Å以内に収まるものはありませんでした。図をみると明らかなように、B3LYPは破綻しています。以前もAr2の計算でB3LYPの話はしましたが、こういうVDW相互作用には不向きな汎関数です。それに対して、こういった相互作用で比較的良い予測をすると言われているPW91を始め、PBE0, X3LYPは誤差が抑えられています。MP2は基底関数にdiffuse(aug)を追加すると結果が大幅に改善されます。元から誤差が小さい理論モデルでは、基底関数の改善で結果も改善される傾向が見て取れますね。塩化ヨウ素に続き、ここでもPBE0は際立って優秀です。
さて、ここからはもうちょっと大きな分子で。
有機化学初心者にはちょっと立体構造を把握しにくい、四フッ化硫黄です。三方両錐形で、エクアトリアル側の一角を非共有電子対が占めています。C2v対称で計算を実施しました。今度は結合長だけでなく結合角も比較しますので、実験値に対する誤差の比率(%)で並べています。1%以内を化学的精度として見ることにします。
難しい対象というだけあって、化学的精度に届かないものがほとんどです。どうしてもax-フッ素間の結合角が大きくずれてしまいますが(ここは実験値もかなり誤差含みっぽいですが)、他を見ると、またしてもPBE0が良い精度で構造を予測していることがわかります。本当は、PW91が良い成績を残すのではないかと予想していたのですが、逆に一番悪い結果でした。MP2, B3LYP, X3LYPは同等レベル。HFは結合長を短めに予測していますが、平均はDFTに劣りません。
最後に、電子相関法への挑戦状たる分子、二フッ化二酸素です。「電子構造論による化学の探求」では”病的なケース”の一つとして紹介されていて、CCSD(T)で良い精度が得られるとなっています。
こちらも、全ての構造パラメータを許容範囲内で予測できたものはありません(そりゃ、CCが必要な奴だからねぇ…)。ちなみに、先の本では「B3LYPもよくモデル化できる」とありますが、O-Fが短めに見積もられていますね(本の中でもほぼ同じ計算値ですが…)。O-F以外は非常に良い一致です。MP2はO-O, O-Fの両方ともズレています。DFTはどれも似た挙動ですが、PW91は誤差が平均化されています。HFは論外。
さて、こうしていくつかの分子の構造パラメータについて、計算値と実験値を比較してみました。計算対象のセレクションは独断と偏見に満ちていますので、これで何が言えるということもないでしょうが、少なくとも計算対象によって理論モデルの精度が上下することははっきり見て取れたと思います。そしてB3LYPが決して万能ではないということも(G2セットとかで平均的に見れば誤差が小さい方法らしいので、未知の系に対する第一選択という意味では悪くないと思いますが)。
今回、遷移金属が入った例を出しませんでしたが、例えばCuCl(第一塩化銅)の結合長などは、PBE0とMP2が比較的良い一致を見せました(B3LYPは次点かな)。遷移金属関連は、また次の機会に。
コメント
量子化学計算に興味を持っている者です。
DFTの評価についてなのですが、SURFACEを使ってで2原子分子のポテンシャル曲線を計算し、これにMorse関数をフィッティングして得られるパラメータから振動定数や非調和定数を計算し、実測値と比較すれば、更に何か判る事があるかもしれないと思いました。
s2kさんのサイトは日ごろからよく見させてもらってます。特にベンチマークなどが面白いですね。
投稿者: MS | 2007年06月09日 23:17